sakaname’s blog

日頃のランニングやサイクリング、トレーニングをメインに、今読んでる本の事など綴ります。

#214 怪我からの復帰

 過去に大きな怪我をしたこともなく順調にトレーニングを積み、ある程度の結果を残すことが出来た経験から話します。(一度だけ脛骨の疲労骨折で半年程離脱してます)*過去記事「オーストラリア大陸横断マラソンに詳細有り。

Coomaの病院でギブス固定中-1

 元々の体の丈夫さや、トレーニングの強度・頻度の適切さ、休養の取り方、食べ物のこと、要因は沢山ありますが、主となるのは「自分との対話」これに尽きます。

 まず目標設定があります。アスリートの場合だと、いつ、どんなレースに出るのか。半年後なのか1年後なのか、どのくらいの距離なのか時間なのか?(私の場合持久系なので)

 続いて大まかな計画を立てますよね。月単位、週単位の到達点を決めます。要は日付を逆算して、計画にやることを組み込む。ざっくりとした道筋をつける感じです。

 あとはやりながら修正を繰り返す。これは、今でも変わらず続けていますが、計画が順調にいかない場合に無理矢理が入り込んできます。ここで「自分との対話」が出来ていれば、選択肢が変わります。例えば最初の目標設定の見直し。

 順調にトレーニング出来ている時も、怪我で思うようにトレーニング出来ていない時も、その時に与えられた試練と思い、対処する。試されているのだと思えれば、試されてやろうじゃないか!という気なります。(自分の場合は)

 体も心も生きていれば変化して当然、臨機応変に日々パーソナルベストを目指して、その時の全力で!

にほんブログ村 その他スポーツブログ 超ウルトラ・ウルトラマラソンへ にほんブログ村 自転車ブログ ロングライドへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 

#213 レースアクロスアメリカ再考-6

4回走ったアメリカ大陸横断自転車レース:RAAMの中で、レース中の身体のダメージは痛みや擦過傷、日焼け、むくみ、手先足先の痺れなどなどいろいろありました。

そんな中、転んでケガすることも何回かあって、その多くはペダルから足が外れない立ちごけ。後半、南部の街中を通過する時に赤信号で止まって、足が外れず何回か転びました。眠気からくる思考低下が原因の一つです。

 

1997年に一度だけ大きな転倒をした話し。場所はコロラド州トリニダードという町です。大雨が降った後の深夜にその町を通過した時、道路端の水たまりに突っ込んだら、丁度タイヤがはまる幅の溝になっていて、そのまま前輪がはまり大前転。車輪は全壊し、身体は強く路面に叩き付けられました。その時使っていた車輪はヒッコリー製の木リム、その破片がこれ

1997RAAM木リム破片-1

1997RAAM木リム破片-1

1997RAAM木リム破片-2

1997RAAM木リム破片-2

車輪が力を吸収してくれたおかげで、身体のダメージは軽く済みました。(後から肋骨にひびが入っていたのがわかりました。深い呼吸をすると痛かった)

また自転車本体も特に壊れたところはなく、幸いでした。

この転倒のおかげで眠気は吹き飛びましたが、雨に打たれた後の冷えた体で、なんとなく寂しい夜の街中を再び走り始めました。

にほんブログ村 自転車ブログ ロングライドへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ PVアクセスランキング にほんブログ村

 

#212 レースアクロスアメリカ再考-5

アメリカ大陸横断自転車レース(RAAM)には計4回出場し、初出場の1995年はトップ選手のフィニッシュから48時間以内にゴールできず、アンオフィシャルフィニッシャー(11日11時間36分)としての完走。2回目出場の1996年に、9日20時間14分でトップから48時間以内のオフィシャルフィニッシャーになりました。1997年は万全を期して挑み10日17時間4分で5位になりました。

RAAM'97 Japanese Homepage

RAAMでは、その年ごとにルート設定が変わったり、天候ももちろん異なるため、単純にタイムだけで過去の記録と比較する意味はあまりないですが、1997年は準備段階から一番良くできていたので、10日以内にゴールしたかったです。最後のRAAMのつもりだったので。(1999年にもう一度出ました)

 

1995年と1996年は自転車を3台持ち込みました。いずれも素材はアルミフレームです。2台がソフトライド仕様、1台が軽量化した上り区間専用バイク。

 

1996年のバイクトラブル、最大の危機はゴールまでおよそ200マイル、このまま順調に進めば初のオフィシャルフィニッシャー間違いなしと思われていた時です。

乗りながら「なんか踏み込む時にぶれる感じがする」ってメカニックに伝えて、始めはクランクが緩んでいるような感じだったので、その辺を見てもらいました。がよくよく見ていくと、アルミフレームに亀裂が入っているのが原因とわかりました。なんとソフトライド仕様の2台共、同じ辺りに亀裂。上り専用バイクにとりあえず乗り換えて、亀裂の度合いをメカニックに調べてもらいました。この時点で既にお尻痛い・痛いになっていて、いまさらソフトライド仕様以外は乗れないくらいの疲労度(exhaustという単語を知りました)、どうにかしてソフトライドバイクを乗れるようにお願いしました。

その時の写真

メインバイクのトップチューブに亀裂、残り200マイルくらい?

メインバイクのトップチューブに亀裂、残り200マイルくらい?

亀裂したトップチューブ、テープの内側にスパナの添え木で補強。

亀裂したトップチューブ、テープの内側にスパナの添え木で補強。

ぐるぐる巻きにした銀テープの中にスパナが入ってます。自転車の重さとか関係なし、とにかく走れるようにしてもらい、念のため「お守り」を括り付けて乗りました。

粘り強く、諦めずに、前に前に、という姿勢が大切かと思います。

 

身体にダメージが出るように自転車にもダメージがきていました。そして念願の初公認記録での完走を手にしました!チームワークの賜物です。ライダーはチームの中では「走る人」役、それぞれが役目を果たし、知恵を振り絞って目標に向かい達成する。RAAMの面白さは、そこにあるように思います。

諦めない姿勢の参考写真、こちらは1997年の終盤

ほぼママチャリポジション

ほぼママチャリポジション

これでも30km/h超えている時もあったのが懐かしい・・・

にほんブログ村 自転車ブログ ロングライドへ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ PVアクセスランキング にほんブログ村

#211 レースアクロスアメリカ再考-4

普段の食事とレース中の食事に関して。

RAAM(アメリカ大陸横断自転車レース)の時にどんな物をどれだけ食べていたかの栄養分析を、日本女子大学の栄養科の先生にお願いして調べてもらいました。カロリーベースでいうと7,000~11,000kcal/日、レース前半は糖質からが約80%、終盤になると65%くらいに下がります。その分脂質からエネルギーを得ていました。

タンパク質の比率は12~15%辺りで期間中の変化はあまりなかったです。

実際の主要な飲食物としては、リキッドフード(液体の栄養補給物)のメーカーから商品提供を受けていたので、当初はこれをベースに計画しました。

spiz-1

spiz-1

spiz-2

spiz-2

spiz-3

spiz-3

栄養バランスが良く、これだけでいければいいと思いますが、フレーバーがチョコレートもしくはバニラ、要は甘い。一日くらいなら平気でも数日続くと飽きます。これだけで1週間耐えれるなら、RAAM優勝できるでしょう!ということで私の場合は、あくまで補助食品としての位置付けになりました。

エネルギー補給とは別に、塩と水は必須です。体調管理に直結するので。

 

栄養補給は細かく分析して計画的にやれれば良いと思いますが、「食事」と考えると、ただ単に栄養補給とは言えない部分があります。人は機械ではないので、味覚とか嗜好もかなり重要になります。

大学の先生に栄養分析してもらってアドバイスもいただきましたが、私の場合、自然に任せるのが一番という結論に至ります。

イメージとしては、「ハイブリッド」な感じです。(本来のハイブリッドの意味とは違うと思いますが)

必要な栄養素を選んで「内側」に取り入れるのではなく、「美味しそう」とか「食べたいな」と思った物を「内側」に取り入れて、その「食べ物」を効率よく使える体環境を作る、といった感じ。

カロリー計算して運動量調べて、メニューを作成という一般的な流れは、自分には合わない。「いただきます」と言って食べれるものから「力」を分けてもらい、それを活動に換えていく。そんなイメージなので、あまりに加工され過ぎているものは「食べ物」の範疇に入らないから、少なくなりました。けれどゼロではないです。極端すぎは逆にキャパシティーを狭めます。

コールマンのツーバーナーで調理中。左は母、右は宮本君。

コールマンのツーバーナーで調理中。左は母、右は宮本君。

レース中に、サポートクルーがいろいろな物を調理してくれました。その全てが力になり、前進するのに役に立ったと感じます。

RAAM完走のポイントは、「食べて」「少し寝て」「ひたすらペダルを漕ぐ」当たり前っていえばそれまでですけれど。

RAAMに限らずエンデューロ競技はみんな一緒ですね。

ということで普段から肉はガンガン食べています。

ラム肉

ラム肉は普段から良くたべます。

ドライフルーツ

ドライフルーツのアプリコット、普段もレース中も食べます。

普段の朝食

普段の朝食、ミューズリーカスピ海ヨーグルトと果物。
カフェオレと天然酵母パンの組み合わせ。

にほんブログ村 自転車ブログ ロングライドへ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 

#210 レースアクロスアメリカ再考-3(補足)

レースアクロスアメリカ再考-3の補足。

足底の痛み対策にインソールをいろいろ試していたことを思い出しました。バイクシューズは、ペダルに合わせてタイム社製。そのままのインソールはとても薄く、ロードレースでの一瞬のスピード変化や、ゴールスプリントには良いと思います(効率よく力を伝えるために)。ですが自分の場合、長時間ライドの時に足裏に痛みが出ることから、インソールを変えることにしました。痛みの原因は路面からの振動の影響が大きいと考え、振動軽減に衝撃吸収できそうなソルボセイン製(ランニング用)のものなど、いろいろ試しましたが、あんまり効果はなく、行きついたのがシダスのインソール、熱を加えて自分の足型をとるものです。インソールの素材をオーブントースターで温めて、その上に足を載せて立ち、数分間でオリジナルの足型が出来上がります。そうやって作ったインソールですが、立ち姿勢での足型なので、バイクシューズではあまり良い感触がありません。それで次は同じインソールの素材をそのままにバイクシューズに入れてしまい、足型とらずに使いました。これがしばらくするとピッタリ自分に合ってきて、良い具合に馴染みました。長時間自転車に乗っている間に、自転車漕ぎの力のかけ具合通りにインソールが形成されました。シューズの中が適度に熱を持つことで、形作られていったようです。今でもシダスのインソールはありますが、熱加工できる素材(当時と同じもの)を探し出すことができず、2020年8月のライドアラウンド青森650kmの時は、足底の痛みが出てきました。(およそ20年ぶりのロングライド)

 

レースアクロスアメリカの話をすると、質問されることがあって、良く聞かれることの一つに「坂はあるんですか?」

私→「大陸分水嶺を越えますよ」

証拠写真がこれ

ウルフクリークパス登り

ウルフクリークパス登り

ウルフクリークパス、ルート上の最高標高地点(3780m)

ウルフクリークパス、ルート上の最高標高地点(3780m)

シェラネバダ、ロッキー、アパラチアンその辺りがルート上にからんできます。ウルフクリークパスはロッキー山脈になります。登り坂はそれなりな感じで、RAAMに出るような乗り込んでいるライダーには難しくないです。地形よりもきつく感じるのは気候の変化でした。それまで30~40℃それ以上の気温が続いていたのが、山岳地帯に入りどんどん低くなり7~8℃とかになります。その上に雨が降ったり、日が暮れていたりすると、体感温度が一気に下がるので、身体へのダメージも大きくなります。冷えた体での長い下りが体力を消耗します。このあと同じコロラド州で大きな登りが二つ続きます。まさに前半の山場、風光明媚なところが多く写真撮影ポイントには事欠きません。

あと、何故か通常見かけるより大きな蚊がいたように思います。

 

足底部の痛みに関しての考察。

ランニングを素足でやるようになり、足を解放することで、その機能が存分に発揮できることを実感しています。人間の進化の過程は、四つ足→二足歩行と言われています。つまり「手」は「前足」が進化したということになっています。しかし人間が猿から進化したとするなら四つ手→二足歩行、「後ろ手」が「足」になったと考えても良いように思います。そうすると足指やその基の細かい骨は手の機能の名残りがあるはずで、それを上手く使うことが自然であるように感じます。手袋をはめて細かい作業をするのが難しいように、窮屈な靴に足をはめ込むのは、足の働きを制限してしまうのでは?と感じている今日この頃です。

にほんブログ村 自転車ブログ ロングライドへ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ PVアクセスランキング にほんブログ村

 

#209 レースアクロスアメリカ再考-3

ロングライドやウルトラマラソンなんかの長時間エンデューロ競技だと、調子の波が必ずやってきます。好調の時は先のことなど考えずにガンガン行くし(私の場合)、不調の時は、ひたすら耐えつつ兎に角前に進む(止まらないのが基本)感じ。そのうち好調の波がくることを信じて。

2003年のさくら道ネイチャーラン(名古屋~金沢250km)の時は、残り100kmを切ったところで好調の波がやってきて、ここぞとばかりに飛ばしまくりました。波の底ではおとなしく、波のトップでは全力でいく、あんまり他の人に推奨できないスタイルでした。

これは身体におきる「痛み」でも同じように扱っていました。耐久レース(特に一晩かそれ以上の日数の)は、身体の痛みとのせめぎ合いみたいなところがあって、どう対処するかが結果に大きく影響します。この痛みにも波があって、消えていくことがあるんですね(麻痺してくるのかもしれません:危険なので真似しないこと)。

レースアクロスアメリカ(RAAM)での話しになります。レース前半に出てくる痛みは「耐える」、後半は「耐えつつ」+「痛み止め薬:タイレノール」の二本立てでした。

痛みの出方は人によって違うかと思いますが、私の場合まず「足底部」にきます。痺れに近い痛み、これは自転車から降りるタイミングで足のもみほぐしをやってもらうことで、一時的に良くなりますが、そうそう自転車から降りてはいられないので、あとは「耐える」。

続いて「お尻」が痛くなります。これは擦れによるもので、いわゆる擦過傷です。傷になるので厄介です。クリーム塗ったりしてましたが、べたなワセリンの厚塗りが一番良かったように思います(当時の話しで、今はより良いクリームとかあります:クレイモイスト販売してます)。

そのうちに背中上部から首が痛くなります。これがだんだんひどくなると、Shermer's Neckといわれる自力で頭が支えられない状態に進みます。RAAMが大会として初めて行われた時に、出場した4人のサイクリストのうちの一人、マイケル・シャルマー氏がこの症状で苦しんだことからShermer's Neckと命名されました。これの問題は「痛み」ではなく、「力が入らない」ことです。だから耐えるとか無理なんです。不思議なことに全くならない人と、私のように4回出場して、毎回対策したつもりでも4回ともなる人もいます。事前対策はライディングポジションの調整・首のトレーニング・上半身のフレキシビリティ・タイヤ空気圧などなど。おきてしまってからの対策は写真載せます。

コロラド州からオクラホマ州辺り。既に顎載せを装着。

コロラド州からオクラホマ州辺り。既に顎載せを装着。

首をサポートするタオル紐、横から見たところ。

首をサポートするタオル紐、横から見たところ。

頭が下がらないように、タオルを紐にして吊っている後ろから見たところ。

頭が下がらないように、タオルを紐にして吊っている後ろから見たところ。

トライアスロンやっていたから上半身もそれなりに丈夫で、こんな対策で結構乗れてました。こうなっても脚は全然大丈夫。

まだまだ続く・・・

にほんブログ村 自転車ブログ ロングライドへ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ PVアクセスランキング にほんブログ村

#208 レースアクロスアメリカ再考-2

1996年のRAAMソロ・エントリーリストは以下

1996RAAMソロエントリー

1996RAAMソロエントリー

スタートはカリフォルニア州 IRVINE、街中なので郊外の公園まではみんなでパレード走行。こんな感じ↓ ここはホリデイインの駐車場です。

スタート風景。カリフォルニア州IRVINE、郊外の公園まで全員でパレード走行。

スタート風景。カリフォルニア州IRVINE、郊外の公園まで全員でパレード走行。

スタートから2日目までは砂漠地帯が続き、乾燥していて暑いから鼻の粘膜をやられます。鼻の穴に馬油を塗っていました。

この当時は7月末がスタートで、暑さが一番ピークの頃でしたが、その分耐暑トレーニングを日本で充分にやれる時間があって良かったです。サポートカーのボンネットで目玉焼きが作れました(本当の話し)。名古屋の暑さの中でもまれると、アメリカの砂漠地帯も全然苦になりません。湿度が低い分快適(とは言えないまでも)大丈夫でした。今は6月初旬スタートなので少し涼しい?かな?

カリフォルニア州からアリゾナ州へ入った辺り

カリフォルニア州からアリゾナ州へ入った辺り、いい天気!

但し、乾燥しているので水分補給は頻繫に行いつつ、体への水かけも同時にやっていました。農薬散布に使う噴霧器に氷水を入れて使います。濡れるのが嫌なライダーもいるようですが、私の場合元々トライアスリートなので、濡れても全く平気。

噴霧器で水かけ

噴霧器で水かけ(サポートクルーの宮本君)

自転車から降りることを極力少なくして距離をどんどん稼ぐのが基本になりますが、睡眠を含む休憩も必要で、そのタイミングが重要な戦略になります。1995年は、そんな戦略がほとんど機能せず、行き当たりばったりで撃沈しました。その反省(経験)をふまえて、時には小休憩をいれました。

小休憩の合間にマッサージ

小休憩の合間にマッサージ(マッサージャーは兼城さん:プロです)

続きはまた・・・

にほんブログ村 自転車ブログ ロングライドへ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 

櫻井要のオーストラリア横断日記