【オーストラリア横断日記】
2001年 1月14日(日) 晴れ
HWY Stop〜Kalgoorlie
Day9 ステージ距離:78.4km/総距離:603.0km タイム6:58:24
[4位]
昨日のフィニッシュ地点まで、車を飛ばす。
今日も4時スタート。
スタート地点と宿泊所の距離遠すぎ。2時半起き。
朝食は軽めにして、走りながらドリンク補給。
いつも通り3.5kmごとに補給。
Dusanから、昨日同様いっしょに行こうと誘われたが、今日は自分のペースで行くことにした。と言いつつも、Coolgardieの町まで約40kmは、ほぼ彼と同じペースで進んだ。
そこからの残り40km、Kalgoorlieまでは少しずつ先行することになった。
昨日、100kmのステージをこなした後だけに、膝周りの筋肉に痛みが残っている。
いわゆる筋肉痛、但し極端なペースダウンはせずに済んだ。
Kalgoorlieはかなり大きな街だが、日曜日ということでほとんどのお店が閉まっている。せっかく久しぶりに街に入ったのに、残念。
フィニッシュ地点は、空港の近くの公園内。
公称80kmだが、実測は少し短いと思う。
ゴール後、近隣のスポーツ&スパ(OASISというスポーツ施設)を使わせてもらえた。
ジャグジーに浸かり、リラックス。
今後レースを続けるかどうか、決めなくてはならない。
自分たち(僕と由紀さん)の気持ち・思うことを文章にして、バーニー(大会主催者)とジェシー(大会チーフスタッフ)に伝える。
機材(主に車)は、主催者提供でこのまま使っても良いと。
提供されるはずの、ブルックスのシューズに関しては、返答無し。
期待してる部分があっただけに、失望すところも大きい。
このレース自体がキャンセルされるまでは、帯同して続けようという結論。
ハンガリーのIstvanは、デポジットの2000ドル返却してもらい撤退するという。
彼は、アメリカ横断フットレースも完走している偉大なウルトラマラソンランナー。
その彼を撤退に追い込んだ、大会主催者の運営と準備不足に憤慨しつつも、万全を喫していたら(ある意味で馬鹿げた)こんな大会は開催できないというのも、解る気がする。
地元ボランティアのクリスティーナさんのお宅にホームステイ。
近所のドラッグストアで、筋肉痛対策のクリームDencorubを購入。
街中のホテルで18時から、パーティーがあり
Dusan、Istvanたちとビール飲み、ディナー。
この瞬間瞬間が次につながる充電時間。
フィジカルもだけど、特にメンタルの。
Istvanとは、今日でお別れ、
サポートに付いてた彼の奥さんMalth共々、「さようなら」
明日は6時スタート、久々にゆっくりくつろげる。
なかなか、日本へ手紙書く暇はないし、近況報告の電話もできていない。
<続く>