sakaname’s blog

日頃のランニングやサイクリング、トレーニングをメインに、今読んでる本の事など綴ります。

#64 祖父のこと

父方の祖父の話です。母方の祖父は早くに亡くなってしまい、遺影でしか知らない。母方の祖母は104歳まで長生きしましたが。

櫻井家の祖父は、要吉といいまして、その「要」の字をもらったのが僕です。

その祖父は、脳溢血を患ってしまい半身麻痺になりました。今みたいにバリアフリーなんて、その言葉すらなかったから、生活すること自体が大変だったと思います。それで、お茶を入れたりとか、身の回りのことを手伝っていました。物静かな人でしたが、今思うと、話すのに言葉が上手く出てこなかったから、かもしれません。そんな祖父ですが、喘息持ちだったらしく、夜とかに咳き込みだすと、なかなか咳が止まらなく、苦しそうにしていました。傍から見ていて、自分も苦しくなるような咳き込み方です。それで枕元にはいつも浅田飴の缶が置いてありました。話が一旦飛びます。

 

渋谷の家は、明治通りからほんのわずかのところでした。ですが、その当時は僕の家の周りには、似たような木造の古くてボロい家は、まだまだ多かったです。

ずっとその家で過ごしてきた、祖父母や父方の兄弟姉妹にとっては「ボロい」とはなんだ!って話ですが、その世代の次の世代の僕には「ボロい」家がしっくりきます。例えば、夜になると雨戸を閉めていましたが、雨戸の内側に戸があったという記憶がなく、網戸の記憶もないんです。雨戸の内側に縁側の廊下があり、その廊下と居間との間に障子戸がありました。これは良く覚えています。つまり外と内との境目が、密閉されていない住まいでした。夏は、そのために蚊が多く、本当に小さい頃は「蚊帳」を吊っていました。蚊取り線香が夏の必需品でした。ここで話を祖父のところに戻します。

 

咳き込むのにも関わらず、必ず蚊取り線香を焚いていた祖父に、矛盾を感じていました。「その咳は、きっと蚊取り線香の煙のせいに違いない」と思っていた僕は、時々、こっそりと線香の火を消していました。苦しそうに咳き込むくらいなら、蚊に刺されるほうがましだと思ったからです。

 

そんな、どうでもいいような話を、思い出したので綴ってみました。<終わり>

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櫻井要のオーストラリア横断日記